アメブロで読んで下さっている読者さん。
いつも読んで下さりありがとうございます。
こんばんは、ステラです。
あさっての朝、この記事が更新されますが、
私の今現在の時刻は、前日の深夜0時過ぎです。
今日もここ、アメブロで、
ゆっくりと言葉を綴っていきます。
最後まで、
お付き合いいただけたら嬉しいです。
私には今、いくつかの場所があります。
日本だと、スレッズ、アメブロ、ノート。
海外だと、スレッズ、ミディアムです。
それでふと、さっき思ったのです。
ここ、アメブロで、
スレッズとは、またほんの少しだけ違う、
自分の体温をほんの少しだけ入れた文章を、
こんなふうに、たまに、
綴っていくのもいいかもしれないなと。
自分のリアルタイムの体温を、
文章に入れ込んでいくのもいいかもしれないと。
肩を張らずに、
ゆったりと文章を書き綴ることは、
やりたいことのひとつだったのかもしれません。
今日、ふと感じたことがあります。
勝手に現実が動いている感じがするな、と。
自分が始めようとしたことではないのに、
自分が目指していた形に近づいていた感覚です。
自分が直接行動を起こしたわけではないのに、
自分が辿り着きたかった場所に近づいていた。
自分は自分のやりたいようにやっていただけ。
そうしていたら、
勝手に現実の方が動いていた。
そんなことが起きたからです。
それでこう思ったんです。
「自分はやりたいことだけやっていれば、
夢は勝手に叶っていくのかもしれないな」と。
確かに、そうなのだと思います。
自分の意識と在り方が作り出すこの現実世界。
やりたいことをやっているという状態は、
やりたいことがやれるという現実を作り出す。
そして、
やりたいことをやっていれば、
やりたかったことが現実に現れてくる。
だから、
自分が現実を直接動かしたというより、
その自分の在り方によって、
現実のシーンが新たに上書きされて、
そのシーンを見た自分からは、
勝手に現実が動き出したように見える。
ということなのかもしれないな、と。
こういうことが起きたとき、
私には2つの感情が生まれます。
ひとつは、
「なんだ?!急にどうした?!」です。
自分の現実のシーンが、
いきなり変わったように感じるために、
呆気に取られて驚くという感情です。
もうひとつは、
「なるほど…やはり自分は…
余計なことはしない方がいいのか…」です。
自分は直接何もしなかったのに、
望む結果が現れたという現実のシーンを見て、
喜びと同時に虚無感に近い感情が出てきます。
もちろん嬉しいのだけれど、
同時に虚無感を感じたりするのです。
「自分がやった」
というエゴが介在しないところで現実が動き、
個としての自分自身が寂しさを感じてしまう。
自分という存在はやはり、
「個ではなく全だったのだな」
という、臨死体験したあの日に感じた、
エゴの消失のような感覚をまた味わう感じです。
「喜び」と「虚無感」。
この矛盾した2つを同時に味わう自分を、
なんとも言えない気持ちで感じています。
私自身は今こんな感じですが、
今どうしても叶えたい夢がある人には、
ぜひ、こう伝えたい。
「自分のやりたいことをやっていれば、
現実が勝手に動き出して、夢が叶うよ」と。
夢を叶えるための直接的な行動でもいいし、
間接的な行動でもいいし、
自分がやりたいと思ったことをやること。
その在り方が、
自分の現実のシーンを上書きして、
望んでいたシーンが目の前に現れてくる。
だから、
不安や焦りから行動するのではなく、
やりたいから行動するということが鍵。
そうすれば、
最短で夢を叶えられるのだと今日感じました。
と、こんなことを、
長々と書いていたら、
もう深夜2時近くになっていました。
それでは、今日も最後まで、
お読みいただきありがとうございました。
やりたいことをやっていきましょう。
ー 愛を込めて、ステラ。

