一年前に臨死体験した私。
この世界の仕組みを知った。
私たちは自分の意識を投影して
その世界に入り込んで生きている。
私たちは存在しているだけでよかった。
理由なんてない、初期設定だったのだ。
自分の存在を疑いそうになったとき。
自分の存在を責めそうになったとき。
そんなときは、
これから話すことを、
思い出してくれたら、すごく嬉しい。
自分という存在を責めて疑うこととは、
冷蔵庫に向かって、
「なんで冷えているんだ!」と
責めていたのと同じだったのである。
お湯に向かって、
「熱いお湯なんて存在したらダメなんだ」と
落ち込んでいたのと同じだったのである。
責めても無駄だった。
疑っても無駄だった。
なぜならば、初期設定だったのだから。
これは、自分という存在も同じだった。
私たちは、
人間という状態で、
いまこの現実空間に存在している。
そして、
この現実の外側では、
自己認識する意識として存在している。
そして、
自分の意識は永遠に存在している。
私たちは、たまたま、
この世界に生まれ落ちたわけではなかった。
つまり、
自分という存在は、
存在しているのが当たり前だったのである。
冷蔵庫がいつも冷えているように、
お湯がいつも熱いように、
それは初期設定で変えられるものではなかった。
だから、
自分の存在を責めて疑いそうになったときは、
「うん、無駄だ。だって自分は初期設定だから」
と、思い出してほしい。
そうすれば、
自分の大切な時間を、そこに割かなくて済む。
私たち人間は、
存在しているのが当たり前なのだ。
これからも永遠に。忘れないでね。

