一年前に臨死体験した私。
この世界の仕組みを知った。
私たちは自分の意識を投影して
その世界に入り込んで生きている。
つまり、何を選んでもよかった。
この世界は自分が作っていたからだ。
ネガティブを選んでもよかった。
ポジティブを選んでもよかった。
何を選んでも、自分の正解だった。
臨死体験あの日。
私は「意識そのもの」になった。
それは「全てである」感覚だった。
そこには真理があった。
「正解はない、けれど全てが正解」だと。
私たち人間の本当の正体は、
元々この真理とひとつだったのだろう。
全てである自分が、
「個」を体験するために、
全てから切り離したのが「自分」だった。
そして、やってきたのが、
固くて重いこの物質の現実世界だった。
この世界には、二元論が存在していた。
「上」「下」「右」「左」「男」「女」「良」「悪」。
これら対極が存在しているからこそ、
この現実世界は立体的に成り立っていた。
私たちは、
ネガティブから学び、
ポジティブからも学ぶ。
両方があるから両方が成り立つ。
だから、
ネガティブを選んでしまった自分を
責める必要は全くなかったのである。
それもまた、
この世界を立体的に体験するための
ひとつのシーンだったからだ。
けれど、
何を選んでもよかったからこそ、
これからは、
自分が心地よく生きられる方を選んでもいい。
正解がない世界だからこそ、
自分で好きな正解を選ぶことができる。
これが、
あの日「全て」になった私が、
この世界に持って帰ってきた真理だった。

