一年前に臨死体験した私。
この世界の仕組みを知った。
私たちは自分の意識を投影して
その世界に入り込んで生きている。
つまり、私たちは、
この世界を楽しむためにきた。
私たち人間は、
頑張るためというより、
苦しむためというより、
この世界を楽しむために来たのだった。
自分の意識が投影されるこの現実は、
自分自身をそのまま映し出していた。
だからこそ、
私たちは自分の現実を通して、
自分で自分を知ることになった。
それは、
魂の修行をしに来たというよりも、
結果として、
魂が磨かれていったということだった。
だから、
魂を磨いてもいいし、
魂を磨かなくてもいい。
真面目に生きてもいい。
気楽に生きてもいい。
遠回りしてもいい。
今すぐ幸せになってもいい。
自分の現実をどう生きるのかさえも、
自分で自由に決めてよかったのである。
だから、私たちは、
もっと肩の力を抜いていい。
魂を磨くために、
苦しむ必要はない。
幸せになりながらでも、
人は深くなれる。
楽しみながらでも、
人は磨かれていく。
苦しみだけが、
成長の道ではなかった。
どんな体験を通して、
自分を知っていくのか。
それすらも、
好きに選んでよかったのだ。
自分という存在は、
はじめから自由だったのである。

