半年前に臨死体験した私。
この世界の仕組みを知った。
私たちは自分の意識を投影して、
その世界に入り込んで生きている。
実は、臨死体験をしてから、
空を見上げると切なさを感じるようになった。
朝の澄んだ大きな空。
昼の温かな水色の空。
夜の壮大な濃紺の空。
その大きさに圧倒されつつも、
どれもが自分にとって少し切ない。
「これも自分の意識の投影か…」と。
そう思うのである。
切なさと寂しさが混じった感情。
自分という存在が、
空よりも広いということを知ってしまった。
昔の自分は、
空を見上げて壮大さに心を広げていたのに。
いまの自分は、
自分の目の前に映る空の奥を感じてしまう。
そんな感情が自分にはある。
変わってしまった自分が今ここにいる。
あの日の体験は、
この現実世界の「種明かし」だった。
正直、絶望の方が多かった。
この現実世界が物質だったということ。
自分の意識の投影であり作用だったこと。
体が勝手に動いて勝手に喋っていたこと。
それは、現実の崩壊と自己の消失だった。
けれど、たったひとつだけ。
たったひとつだけ残った空がある。
心を震わせてくれるたったひとつの空。
それは「夕陽」。
日が暮れる直前のほんの少しの時間。
あのオレンジ色に染まった大きな空。
あの日、
意識だけになった自分が行った場所の色。
瞳の裏に入り込んだあの場所は、
「夕陽」に染まった綺麗なオレンジ色をしてた。
あの日から夕陽を見ると、
「あ、あの場所の色だ」と、そう思うのである。
自分にとって夕陽はあの日の色と繋がっている。
消化しきれていない
今のこの自分の切なさも、
人生の美しさなのかもしれない。
と、そう思っている。

