一年前に臨死体験した私。
この世界の仕組みを知った。
私たちは自分の意識を投影して
その世界に入り込んで生きている。
つまり、この世界は「映画」だった。
意識がプロジェクター。
現実空間がスクリーン。
そして、主人公は自分だった。
けれど、
自分という存在は、
主人公として生きているだけではなかった。
その映画を映しているのも、自分。
映画の脚本も、演出も、全て自分だったのだ。
私たちは、
朝、目が覚めるたびに、
映画のような現実が始まっていく。
今日という身体に、自分の意識が入り込み、
昨日までの記憶をまとい、また一日が始まる。
自分の目の前に人が現れ、
出来事が起き、感情が動き、
自分の物語が進んでいく。
その光景は、まるで、
外側の世界で起きているように見える。
けれど、これらはいつも、
自分の瞳の裏側から上映されていたのだった。
つまり、現実は、
外側からやって来るものではなかった。
自分の意識が映し出した世界の中に、
自分が主人公として入り込んでいたのである。
だからこそ、
今この瞬間の自分の意識が変われば、
次に映し出される現実が変わっていく。
映画の脚本を変えるように。
物語の流れを書き換えるように。
私たちは今日も、
自分の意識で作った映画の中を生きている。
そして、その映画を、
自分の身体を通して体験している。
この現実は映画だった。
けれど、決して偽物ではない。
自分が映し、
自分が入り込み、
自分の身体で味わうための、
あまりにもリアルな体験型の映画だったのだ。
だから、
今日という映画を、
自分が作っていたことを、
思い出してみてほしい。
応援してるよ。
今日という映画を楽しんでね。

