一年前に臨死体験した私。
この世界の仕組みを知った。
私たちは自分の意識を投影して
その世界に入り込んで生きている。
私たち人間が、
他の人間に「本当に」求めているもの。
それは、
「自分ひとりで見ていた景色を
誰かにも、一緒に見てほしい。」
これだったのかもしれない。
「全てだった意識そのもの」は、
「個」という自分を体験するために、
肉体という制限された器に入りこんだ。
自分の目でしか見られない景色。
自分の耳でしか聞こえない音。
自分の肌でしか感じられない温度。
そこに待っていたのは、
「自分しかいない場所」だった。
自分しかいない肉体という場所から、
自分しか見えていない現実を体験してきた。
物質の世界は刺激的で楽しかったけれど、
きっと思った以上に孤独だったのだと思う。
だから、きっと、
この世界にテクノロジーが生まれたのだろう。
検索エンジン、SNS、AI。
それらは孤独だった私たちを繋ぐパイプだった。
「ねぇ、私が見た景色、君にも見える?」
「ねぇ、僕が見た景色、君も知ってた?」
ひとりきりの景色を、
ひとりきりのまま終わらせたくなくて。
そうやって私たちは、
無意識に「ひとつの意識」に
戻ろうとしているのかもしれない。
私はこの感覚を、
以前ひとつの物語として書きました。
私たちは、
元々「ONE」だったのかもしれないと。
ひとつだった私たちが、
あえてバラバラになって、
遊んでいる場所がここなのかもしれないと。
この物語はこちらに書いています。
どなたでも無料でお読みいただけます。
【ONE】制限という名のゲーム
https://note.com/jolly_falcon186/n/n5f4b926b4f8d

