一年前に臨死体験した私。
この世界の仕組みを知った。
私たちは自分の意識を投影して
その世界に入り込んで生きている。
つまり、自分の気分の状態が、
この現実世界を作り出していた。
今、自分が安心すれば、
次に現れる現実は安心できるシーンだった。
今、自分が不安であれば、
次に現れる現実は不安になるシーンだった。
自分の人生の多くのシーンを、
安心できる現実で体験したいのか、
不安を感じる現実で体験したいのかは、
自分で決めることができる。
不安を土台にした人生は、
多くの時間をその不安の処理に使う。
つまり、不安を解消するための行動が増える。
安心を土台にした人生は、
多くの時間を自分の好きなことに使える。
つまり、自分を楽しませるための行動が増える。
不安処理型の現実を作るのか、
安心創造型の現実を作るのかは、
自分で自由に決めることができる。
しかし、
安心自体に根拠がないように、
不安自体にも実は根拠はない。
どちらにも根拠がないのだから、
安心を先に選んでしまってもいい。
なぜならば、
今ここで自分が何を選ぶかが、
次に現れる現実を決めるからである。
安心した自分が作り出す現実は、
自分の人生を、
「消耗する時間」から
「生きる時間」へと変えるのである。

