一年前に臨死体験した私。
この世界の仕組みを知った。
私たちは自分の意識を投影して
その世界に入り込んで生きている。
つまり、ただ自分でいればよかった。
存在しているだけで価値があったのだ。
なぜならば、
私たち人間は、
「個」という自分を体験したくて、
わざわざこの現実世界にやってきたからだ。
だから、この世界に、
自分がここに存在している時点で、
その目的は、ほぼほぼ達成されていた。
自分以外の何かになろうとして、
今の自分を責めてみたり、
今の自分を否定してみたりすることは、
本来の目的からは大きくズレていたのである。
私たち人間の本当の姿は、
「意識そのもの」だった。
その「意識そのもの」には、
この物質世界に存在している全てが入っている。
つまり、
「足りないものなど何もない意識」だったのだ。
その「全てである意識そのもの」が、
自分という個を、ここで体験してみたかった。
なぜならば、
「全てである意識そのもの」とは、
そこに体験があるというよりも、
「全てであるという状態に近い」からである。
だから私たちは、
自分を全てから切り離して、
自我、肉体、時間という制限をつけることで、
自分という個人の体験を生み出したのである。
自分を責めることも、
自分を否定することもしなくていい。
私たちは、
今日もこの世界にいるだけで、
もう十分すぎるくらい、
存在の役目を果たしていたのである。

