ここは制限の世界だった。

現実の仕組み

一年前に臨死体験した私。
この世界の仕組みを知った。

私たちは自分の意識を投影して
その世界に入り込んで生きている。

この現実世界は制限で出来ていた。

この現実世界は、
自分の意識が投影されたものであり、
自分の身体が投影を体験に変えていた。

意識のままだけなら、
この物質の世界を体験することはできない。

自分の身体があるから、
物質に触れることができた。

自分の身体があるから、
臨場感を持って体験することができた。

時間があるから、
空間の変化を感じることができたのだった。

身体と時間という、
制限があるから体験が生まれていて、
体験があるから自分の感情が生まれていた。

つまり、
この制限があったから、
喜びや感動が発生していたのである。

この制限は、
すぐに思い通りにならないからよかった。

もし何の制限もなければ、
すべては一瞬で終わってしまう。

会いたいと思った瞬間、会えてしまう。
欲しいと思った瞬間、手に入ってしまう。
変わりたいと思った瞬間、変わってしまう。

そこには、
願う時間も、向かう時間もない。

手に入るかどうか分からないときの
あのドキドキした瞬間の気持ちも生まれない。

制限があるから、
私たちは願うことができた。

制限があるから、
私たちは選ぶことができた。

制限があるから、
私たちは変化を感じることができた。

この現実世界は、
意識が体験をするために作った場所だった。

そして制限は、
この体験に夢中になるための装置だったのだ。