半年前に臨死体験した私。
この世界の仕組みを知った。
私たちは自分の意識を投影して、
その世界に入り込んで生きている。
私たち人間は生まれてからずっと、
奇跡みたいな世界の中で生きていた。
私たちは生まれてからずっと、
この現実の中にある物質と過ごしてきた。
当たり前にあった、これら物質たちと
私たちは長い間ずっと一緒に育ってきたのだ。
自分の肩、自分の腕、自分の指。
自分のお腹、自分の太もも、自分の足。
自分の手の中に収まってる、そのスマホ。
自分が今座っている椅子。
自分の目の前にあるそのテーブル。
テーブルの上にあるそのコーヒー。
そのコーヒーに入ってる砂糖とミルク。
テーブルの向こうに広がる空間。
テーブルの向こうにある、その窓。
その窓からは見慣れた景色も動いてる。
自分がいる
その空間全体を仕切る壁もドアも床も、
それら全部は、
自分の意識が生み出した物質だったのだ。
洗面所に行ってみる。
水道の蛇口を捻ってみる。
そこから勢いよく流れ出す水。
自分の指でその水に触れてみる。
「冷たい」と感じる。
その身体の感覚は意識からの贈り物。
顔をあげてみる。
そこには鏡がある。
自分の意識が作りだした最高傑作。
そう「自分」が写ってる。
口角を上げてみる。
鏡に写った自分が自分に笑いかける。
「ほら?意外と悪くないだろ?
君の意識が作り出した君自身も、
君の意識が作り出した景色たちも、
君の意識が体験したかったその身体の感覚も」
そう言って、自分が自分に笑いかけてくる。
私たちは、
たまたまこの世界に生まれ落ちた
ちっぽけな存在なんかではなかった。
全ての物質を作り出せる偉大な存在だった。
生まれてからずっと、
物質たちがそこにあったから気づかなかった。
まさか自分が
毎秒、物質を作り出していたなんて。
当たり前にそこにあったものほど、
本当は奇跡みたいな出来事だったんだと。
臨死体験したあの日。
私は「意識だけ」になっていた。
全てが含まれた非物質の意識が自分だった。
そして、
この現実世界に戻ってきて、こう思った。
あの空も、あの星も、全部自分だったのだと。
私たち人間は、
毎日、毎秒、自分が作り出した
物質という名の作品に囲まれて生きてきた。
「物質に変身した自分たち」に囲まれて、
この現実世界で自分自身を感じていたのだ。
それは、
意識だけの自分からの
「最高級の奇跡のプレゼント」だったのである。
奇跡は遠くにあるんじゃなかった。
今、触れている物質だったのである。
どう?
素敵だよね。

