支配欲求は現実を固定する力。

現実の仕組み

半年前に臨死体験した私。
この世界の仕組みを知った。

私たちは自分の意識を投影して、
その世界に入り込んで生きている。

私たちの中にある
支配欲求は「本能」だったのである。


私たちに始めから備わっているもの。
つまり、「初期設定」だったのである。

この支配欲求は、
私たちの日々の様々な場面で顔を出す。

自分の思い通りに、
状況や相手をコントロールしたくなる。

そして上手くコントロールできずに、
あとから自己嫌悪に陥ることもしばしばある。


この支配欲求は、
私たちにとってこんなに身近なのに、

その内部構造が長い間、理解不明だった。

たしかに。
支配欲求を見破るのは、難しかった。

なぜならば、
支配欲求は本能で「初期設定」だったからだ。


「初期設定には理由がない」ために、
私たちはそこを理解するのに時間がかかった。

自分の中にある
支配したいという欲求の源が、

どこから来てどう作用しているのかが、
私たちは全く分からなかったのである。


支配欲求とは、
破壊欲求の次の段階で姿を現すものである。

破壊欲求の一番深い本当の正体は、

「境界を超えてひとつになりたい」
という本能からの統合への欲求だ。

その欲求が、
分離した「エゴ」のフィルターを通ると、
「支配欲求という形に変換されていく」のだ。


私たち人間はそれぞれ自分の意識で、

自分の目の前の空間を作り出す存在として、
この現実世界を「個」として体験している。

この現実空間を作り出すには、

意図→破壊→物質化→配置→固定→意図
→破壊→物質化→配置→固定→意図→破壊

これらを繰り返している。


支配欲求は、
「配置→固定」この部分に作用している。

つまり自分の意図で作り出した物質を
「配置して固定」をしているのだ。

自分の思うように配置して、
自分の思うように固定したい。

これが私たちの支配欲求の正体だったのだ。


「自分の思うように配置して固定したい」
というこの支配欲求がなければ、

この現実世界はそこに形を保てず、
ただの流動的な広がった意識に戻ってしまう。


私たちの中にある
「支配欲求」の本当の正体とは本能であり、

この物質の現実世界を体験するために存在する
元々備わっていた「装置」みたいなものだった。

つまり、これらは仕組みだったのである。

だから支配欲求が出た時は、
肩の力を抜いてリラックスして、
焦らず深呼吸して「次の意図」を選べばいいのだ。