半年前に臨死体験した私。
この世界の仕組みを知った。
私たちは自分の意識を投影して、
その世界に入り込んで生きている。
私たちは自分で現実を作り出している。
そして、現実の中にいる「他者」さえも。
私たちは、
自分の目の前に映る空間全てを作り出している。
そして「他者」とは、
自分の作り出した空間の中に存在している。
では、
その他者を自分が作り出しているならば、
他者を自分の好き勝手にしていいのだろうか?
そうはならない。
なぜならば他者とは、
自分の「投影」であり「鏡」でもあるからだ。
つまり、他者は、あなたなのである。
そして、あなたは、他者なのである。
「あなたは私であり、私はあなたである」。
この矛盾を包み込んだものが真理だったのだ。
実は、
自分という存在は空間全てを作り出す者として
「設計者としての責任」も同時に発生している。
その責任とは、
「他者」を管理することではなく、
自分自身を整えることなのである。
その責任の内容はこうである。
『自己犠牲はしないこと』
なぜならば、
自分が自己犠牲をしたら他者も自己犠牲をする。
『自分を大切にすることが優先』
なぜならば自分が自分を大切にしなければ、
他者も自分のことを大切にしない。
そして自分の空間の中にいる他者たちが、
自己犠牲をしたら影響を受けるのは誰なのか?
そう、「自分」だ。
空間全てを作り出している自分に返ってくる。
なぜ、こうなるのか?
他者とは自分の投影であり鏡だからである。
自分の在り方が、
他者を通して自分に見せてくるからなのである。
これがこの現実の仕組みの「構造」なのである。
だから、
私たち人間は「空間の設計者」として、
自分自身を大事にすることが義務なのである。
私たちの本当の義務は、
無理をすることでもない。
我慢をすることでもない。
耐えることでもなかったのである。
自分を大事にすることが義務だったのである。
自分という存在は、
現実全てを作り出すスタート地点だ。
そのスタート地点である自分の在り方が、
何よりも、何よりも、一番大切なのである。
自分が作り出した現実の
「負の連鎖」を断ち切りたいときがあるならば、
この自分を大事にするという義務を、
もう一度、思い出してみてください。
そしてそれを思い出せたら、
自分の目の前に心地良い空間が現れるのです。
応援してるよ。
リラックスしてね。

