半年前に臨死体験した私。
この世界の仕組みを知った。
私たちは自分の意識を投影して、
その世界に入り込んで生きている。
自分にラベルをあえて貼らない。
すると私たちは「自由」でいられる。
私たち人間は、
自分をカテゴリーに入れたがる。
たしかにカテゴリーの中は安心する。
自分がもう孤独ではなくなるからだ。
自分にラベルがあることで、
自分の中にあった曖昧さが明確になり、
自己認識が立ち、結果生きやすくなる。
しかし、
自分の安心のために貼ったラベルが、
自分自身の変化により、
意味をなさなくなる時が訪れることもある。
私たち人間は常に変化をする存在。
常に今を「上書き保存」している存在だ。
自分はこうだと、
自分で定義付けしてしまったことにより、
その定義から外れた自分自身を、
自分の無意識が勝手に元に戻そうとする。
そして、ここからまた葛藤が始まる。
最初にラベルを貼ったときのように。
自分の中に曖昧さがあるときは、
あえて名前をつけないという選択肢もある。
ラベルからもカテゴリーからも、
自由になるのである。
私たち人間の本来の姿は「意識そのもの」。
「意識そのもの」には「全てしか」存在しない。
極端なもの、
つまり二元論は存在していないのである。
だからあえてそのままして、
ありのままの自分にしておくのもありなのだ。
どうしてもラベルを貼りたいときは、
「貼って剥がせるタイプ」にするのもコツ。
自分が変化したときにすぐに剥がせるからだ。
そうすると葛藤をする時間を作らないで済む。
自分という存在を
カテゴリーという狭い場所にではなく、
本来の姿である「全て」のように、
360度に広げて受け止めてあげて欲しい。
私たちは、
狭い場所には収まりきらないほど偉大なのだ。
小さな箱に入れておくのは、
「もったいない」のである。

