臨死体験で見た現実の仕組み①

じつは半年前に臨死体験をした。

で、この世界の仕組みを見てきた。

私たちが見てるこの3次元の現実は、

映画のエンドロールみたいなもので、

自分が作り出した最後のシーンだった。

上映し終わったものが、この現実世界。

臨死体験をして一番衝撃だったのは、

自分は自分の意思で、

動いて喋ってると思っていたのに、

自分の意思とは全く関係なしに、

自分は勝手に動いて勝手に喋ってた事だった。

え!!

じゃ、私って何??!ってショックを受けた。

自分の肉体って、

このエンドロールの世界を体験するだけの

アバターなんだと思う。自分っていう肉体は。

だけど自分の肉体とは違って、

自分の意識はこの3次元の現実にも、

その隣にある次元にも同じく存在してた。

このエンドロールの現実世界は、

もう貼り付け終わった最後の世界だから、

変更は絶対不可能っていう仕組みだった。

ただ唯一、

自分にできることが、

「意図すること」だった。

自分が貼り付け終わった、

この現実世界が嫌で変更したいのなら、

自分で「新たに意図する」と、

この現実の隣にある次元を通って、

自分が意図した新たなエンドロールを

また見ることが出来た。

その繰り返しが人生と言われるものだった。

ちなみに、

時間は存在してなかった。

意図→現実化

意図→現実化

現実はただ単にこの繰り返しだったから、

時間は現実に貼り付いてるだけの要素だった。

意図することが

もっと上手に出来るようになったら、

時間も簡単にコントロール出来るんだと思う。

すごい奇妙な体験だったよ。

自分なりに言語化出来てスッキリした。

ちなみに、

私が見てきたアッチの世界には、

自分の意識がただ漂ってただけだった。

でも、すごく綺麗な場所だった。

夕暮れみたいなオレンジ色をしてた。

この3次元の現実世界とアッチの世界は、

カーテン1枚だけを隔てたすぐ隣にあった。

人生を頑張る必要は全くなくて、

意図だけしたら後はリラックスしてればいい。

という気軽さがこの世界を生きるコツだった。

意図したら意図した現実がすぐに上映される。

というおそろしくシンプルな仕組みだったよ。

「リラックス」。

これが一番大事なことだったみたい。