半年前に臨死体験した私。
この世界の仕組みを知った。
私たちは自分の意識を投影して、
その世界に入り込んで生きている。
体の感覚って本当に不思議です。
「疲れ」という感覚があるのも、
この物質世界ならではの特別な感覚なのだなと思います。
臨死体験したあの日、
私は肉体ではなく「意識そのもの」だった。
私たちの本来の姿である
「意識そのもの」は肉体ではなかった。
だから、もちろん疲れも存在しない。
眠いも存在しない。
そもそも休みたいという欲求もない。
だから、
疲れを癒すために
サウナにいったり、
マッサージに行ったりする人間の行動。
眠いからと、
ふかふかのベッドに横になる人間の行動。
これらを体験するために、私たちは自分の身体に入ってこの物質の世界にいるんだなと私は思うようになった。
疲れがあるから、癒しが存在できる。
眠いがあるから、ベッドが存在出来る。
自分の目の前に全てを作り出すためには、
対極なものを両方存在させなければならない。
ポジティブに見えるものも、
ネガティブが存在するから存在できる。
そして対極だけではなくその間にある
様々なものも存在させないといけない。
そうすれば「全て」が出来上がる。
その全ての中から自分を分離させ、
全てがある空間の中で自分を体験している。
これが私たちが人生と呼んでるものだった。
「全て」であるためには、
「全て」を作らなければならない。
出来上がって完成した全ての中から、
自分が選びたいものを選べばいいのだと。
無意識的にでも意識的にでも、
自分が選んだものが現実で展開していく。
ポジティブが良くて、
ネガティブがダメということもなく、
自分が好きなものを選んでそれを体験する。
これがこの現実世界が存在してる理由だったのだろう。

