この世は魂を磨く場所ではない②

現実の仕組み

半年前に臨死体験をした私。

で、この世界の仕組みを知った。

私たち人間は、

なぜこの世界に生まれたのか。

何ためにこの世界に存在しているのか。

私が見てきた答えは、

「この世界は魂を磨く場所ではなかった」

ということ。

これは正直意外だった。

私たちは自分を映し出す鏡のごとく、

自分の意識を投影して世界を見ている。

そしてその中に入り込んで生きている。

「自分の作ったこの世界を楽しく眺めて、

自分の身体の感覚を使って楽しんでごらんよ」

と、これが私たち人間が

この世界に生まれてきた理由だった。

これが私たちがここにいる理由だった。

シンプルな理由から生まれた世界であり、

シンプルな仕組みをした世界がここだった。

しかしこのシンプルな仕組みさゆえに、

私たち人間は自分の「エゴ」を出発点として

喜怒哀楽、自責、他責など様々な経験を経て、

「結果、自分の魂を磨く場所になった」

っていうことだったんだなと気付いた。

そういえば、

昔読んだ本にこんなことが書いてあった。

矛盾する相反する物事が

真正面から向き合ったとき真実に近づいた時。

と、書いてあって深い言葉だなと覚えていた。

魂を磨く場所として作った訳じゃないけど

結果この世界は魂を磨く場所になっていた。

というこの結果論の状況が、

矛盾する相反する物事が

真正面から向き合ったとき真実に近づいた時。

まさにこれに近い感じがするね。面白いね。