あなたは存在してていい。

現実の仕組み

半年前に臨死体験した私。
この世界の仕組みを知った。

私たちは自分の意識を投影して
その世界に入り込んで生きている。

あなたは「存在してていい」のです。
あなたがこの現実の始まりだからです。


「自分は存在してていいのだろうか?」
この問いが、時より、
あなたを悩ませたりはしないだろうか?

この問いの答えは明確だ。
「存在してていい。当たり前すぎる」だ。

なぜかというと、
存在とは「前提」なのである。

「存在しているのだから存在してていい」
これが真実なのだ。

あなたは、「もう存在している」のだ。


「自分は存在してていいのか?」
という問いは、 

「水は濡れてていいのか?」
と聞いているようなものなのだ。

水は濡れてていいのか?
お湯は温かくていいのか?
火は熱くていいのか?
雪は溶けていいのか?
冷蔵庫は冷えてていいのか?

と聞いているのと同じなのである。


そして、
これらの問いの答えは、

水は濡れるのが当たり前。
お湯は温かいのが当たり前。
火が熱いのは当たり前。
雪は溶けるのが当たり前。
冷蔵庫は冷えてるのが当たり前なのです。

存在してていいのか?への答えは、
「当たり前だ。存在しているのです」なのだ。

存在とは、
存在を許可します。存在を許可しません。
という二元論を超えた所にあるものなのだ。

あなたは存在しているから存在してていい。
胸を張り、24時間365日存在してていい。


そもそも自分という存在は、

全てである自分から分離させて、
自分という存在を作り出して生きている。

自分という存在は、本来は意識そのもの。

その自分という意識そのものが、
「空間という物質の中にいる」から、

自分は存在してていいのだろうか?
という「錯覚」に陥りやすいのかもしれない。

自分という存在は、
存在しているということがすでに証明なのだ。


お湯に温かさが許されているのと一緒だ。
雪は溶けることが許されているのと一緒だ。

空は上にあって海は下にあるのと一緒なのだ。

存在は「前提」が「証明」されているのだ。
前提は決定事項であり許可など必要ないのだ。

そもそも、
あなたの現実を作っているのは、あなたです。
あなたがいなければ世界も存在しないのです。  


つまり、
「自分は存在してていいのか?」
と、そんなことは全く考えなくていい。

ズレた問いである上にエゴの「錯覚」なのだ。
問い自体がズレているから答えも一生出ない。

つまり「無駄」なのだ。

錯覚に気を取られては無駄足になるだけだ。


それよりも、
自分を心地よくさせる問いをして欲しい。

もっと楽しくなるにはどうしたらいいか?
もっと嬉しくなるにはどうしたらいいか?
もっとリラックスするにはどうしたらいいか?

そんな楽しくなるような問いに変えて、
自分の現実を気楽に作っていってくださいね。