臨死体験で見た現実の仕組み②

半年前に臨死体験をした私。
で、この世界の仕組みを見てきた。

私たちが見てるこの3次元の現実は、
映画のエンドロールみたいなもので、
自分が作り出した最後のシーンだった。

上映し終わったものが、現実世界だった。

このことについて詳しく書こうと思う。

私が臨死体験をしたとき、
3次元現実に焦点を合わせていた私の意識が
一気にバーンと広がり奥の方へと飛んでった。

空の向こう側、
遥か彼方へと意識が飛んでったのではなく、

自分の瞳の奥、瞳の裏側の様な場所に、
私の意識が入り込んでいったようだった。

私たちの瞳はレンズのような働きがあって、
この物質世界に焦点を当てる為に絞ってある。

この瞳の裏側には、
パイプのような形をしたものがあり、

そのパイプはあらゆる次元と繋がっていて
そのパイプの中を私は漂っていた。

この3次元の物体はすべて、
アッチ側の世界から眺めてみると、
景色も物も人間も
全部がカッチカチで固くて重い。

焦点が外れ広がってしまった私の意識から、
この物質次元の世界をしっかりと見る為には、

意識を集中させないと見る事が出来なかった。

意識を集中させて瞳の裏側から瞳の焦点を絞り
この3次元の現実世界を眺めてみたら、驚いた。

まるで上映し終わった、
「映画のエンドロール」
のようにしか見えなかった。

この3次元の物質世界は、
物質化した時点ですべてが確定しており、
絶対に変える事が出来ない固いシーンだった。

不思議だったのはここからだった。

確定してしまった現実世界のワンシーンを
変更することは絶対に出来ないのだけれど、

この現実世界を眺めている自分の意識の力で、
また新たなワンシーンを作り出す事が出来た。

瞳の裏側にあったパイプは
あらゆる次元に繋がっているから、

現実世界を眺めてる自分の意識が意図すると、
隣の次元を通ってまたその隣の次元を通って、

ぐるっと一周して「最終地点」である、
この3次元の物質現実世界に
瞳を経由して自分の瞳の前に映し出される。

っていう仕組みになっていた。

だから一度確定してしまった、
現実のシーンは変更出来ないんだけど、
気に入らなければまた新しく作れるよ。
っていうことになっていた。

そうやって
繰り返し繰り返し作って、
積み重なったシーンたちが、
私たち人間が「人生」って呼ぶものだった。

3次元にいる私たちの肉体は、
自分の意図したものを映し出す、
映写機のような役割も果たしてるんだと思う。

あ、つまりアレか…。
内蔵型没入VRみたいな感じなのかもしれない。