私たちは結果の世界を見ている。

現実の仕組み

半年前に臨死体験した私。

なぜ私たち人間がこの世界に生まれたのか、

どんな意味があってここにいるのかを知った。

本当は人生を頑張る必要すらなかった。

魂を磨く為にここに存在しているのでもない。

自分の人生に起きてくる

問題に対処する為に存在しているのでもない。

この現実世界は、

自分が作り出した結果を楽しむ場所だった。


私たちは自分の意識を投影して

その世界に入り込んで生きている。

目の前に映る全てを自分で作っている。

そして自分自身さえも自分で作っている。

自分自身が作り出す世界を

ほんの少しのタイムラグを挟んで生きている。

つまり私たちは

「自分の結果の世界」を生きているのだ。

 


自分の叶えたい出来事に向かって、

地道に行動を起こし努力する必要もなかった。

この現実世界の基本ルールは「上書き保存」。

次に欲しいシーンを意図すればすぐ現れてた。

だから本当は、

何かに向かって行動する必要もなかった。

つまりこの現実世界は

「プロセスを踏む場所」でもなかったのだ。


私たちは願いを叶えるために

何かをしなければとずっと思ってきた。

だからずっと行動をして生きてきたのだ。

まさかこの現実世界が、

こんなに簡単な仕組みだったとは。

「現実」というこの言葉が、

私たちを常に行動に走らせてきたのだろう。


本当は頑張らずに努力なしにラクをしながら

楽しく世界の中を遊んでいてもよかったのだ。

なぜならば、

この3次元の世界の全てを作り出しているのは、

「ぜんぶ自分だった」のだから。

自分の人生のラスボスは「自分だった」のだ。