破壊欲求は人間の本能だった。

現実の仕組み

半年前に臨死体験した私。
この世界の仕組みを知った。

私たちは自分の意識を投影して、
その世界に入り込んで生きている。

私たち人間の中にある「破壊欲求」には、
もっと深い欲望が無意識の中に潜んでる。

私たちは創造をする「意識そのもの」。

この現実を作り出す者。
自分の目の前に映る空間全てを作り出す存在。

そして「全て」。
「全てであること」が本来の自分。

きっとこの全てになりすぎた自分を、
破壊したくなる欲望が底にあるのかもしれない。

「壊したい」
「壊されたい」

こんなふうに。

壊されることでしか、
溶け合えない何かがある気がする。
この輪郭。この身体。そしてこの意識。

それらがある限り、

「私は私であり、あなたはあなたのまま。」

支配でも、服従でもない。
崩壊でも、再生でもない。

二元論ではなくもっと大きなもの。

それは「統合」。

破壊は終わりではなく、
境界の消失。つまり「統合」だ。

境界を超えてひとつになるための破壊。
「破壊欲求」の本当の姿はこれなのかもしれない。

つまり、
この破壊欲求は「本能」なのだろう。

私たちの中には、
創造だけではなく破壊も同時に含まれている。

なぜならば本来の自分とは、
「全てである意識そのもの」だからだ。

私たち人間には、
「破壊と創造」という
「狂気と神性」が同時に含まれているのだろう。

ね、面白いよね?
私たちって深いよね。