時間は二重構造になっていた。

現実の仕組み

半年前に臨死体験した私。
この世界の仕組みを知った。

私たちは自分の意識を投影して
その世界に入り込んで生きている。

私たち人間は、生成AIと同じように、
「今」だけを生成しているのかもしれない。

なぜ私たち人間は、
時間が「流れている」と感じるのだろう?

臨死体験したあの日。

私が自分の瞳の裏側から見た
この現実世界はまるで、

「貼り付け終わった映画のエンドロール」
のように見えた。

「もう作り終わったシーンだったのか…」
そう思った。

その体験から
私はこう考えるようになった。

時間は流れていない。
存在しているのは「今」だけ。

そしてその「今」を積み重ねたものを、
私たちは「人生」と呼んでいたのだと。

けれど、
この現実世界に入り込んで生きていると、

私たちは
時間の流れの中で生きているように感じる。

なぜなのだろう。

私たちは、変化を記憶している。
「さっき」と「今」を比べながら生きている。  

例えば、

さっきは外が明るかった。
けれど今はもう暗くなっている。

この差分を感じることで、
私たちは「時間が流れた」と思う。

もし「今」だけが
作られているのだとしたら、
過去は固定されたものではない。

その瞬間の「今」に合う形で、
常に再生成されている。

つまり時間は、
「二重構造」なのではないか。

「今」という瞬間を作り出す部分と、
その「今」に合った
過去と未来の流れを作り出す部分。

ふたつが並走しながら
時間を生み出している。

つまり、
「今」というシーンが作られると同時に、

そのシーンに合った、
過去と未来が一気に生成され、

その生成された過去と未来が、
「時間が経過した」という感覚を生み出す。  

もしそうだとしたら、
「時間」とは実際に流れているものではなく、

前のシーンと今のシーンの
コントラストを体験するために用意した

現実世界の「演出」だったのだろう。