半年前に臨死体験した私。
この世界の仕組みを知った。
私たちは自分の意識を投影して、
その世界に入り込んで生きている。
現実は自分に甘いのである。
なぜならば自分で作っているからだ。
「現実はそんなに甘くない。」
こんな言葉がある。
逆だ。
現実は自分に甘いのである。
なぜならば、
その現実世界を作りだしていたのは、
誰でもない自分自身だったからである。
現実を自分に甘くするか、
現実を自分に辛くするか、
どちらにするかでさえも自分で決められる。
選んだものが、自分の現実になるのである。
「現実は自分に甘いのだ」
と思えば、現実は自分に優しくなっていた。
「現実は自分に辛いのだ」
と思えば、現実は自分に厳しくなっていた。
私たち人間はこうやって無意識に、
現実のフィルターを自分で選んでいたのである。
「夢みたいなことを言うな。」
こんな言葉もある。
逆だ。
この現実の方が夢みたいなのである。
臨死体験したあの日。
意識だけになった自分は、
この現実の外側に出てこう思った。
あんなにも自分の現実を一生懸命生きて、
現実が自分の世界の全てだと思っていたのに、
「このままずっとここにいたら、
現実を思い出せなくなるかもしれないな…」
と、そう思った。
まるで、この現実世界は遠く儚い夢に思えた。
私たち人間は、
自分の意識で自分の現実を作り出していたのだ。
自分の目の前に映る
空間の全てを作り出していたのは自分だった。
その姿を俯瞰してみれば、私たちは、
まるで「夢の世界を生きる」存在なのである。
私たち人間にとって、
この「現実」という言葉が、
夢のように自由に生きることを、
自分の無意識が止めようとしていたのである。
だから、思い出してみてほしい。
自分という存在はこの現実世界の中に
閉じ込められている存在などではなかった。
自分という存在は、
この現実世界を、
自由に作り出すことができる
「夢のような空間設計者」だったのである。
現実は自分に甘いって決めてみてね。
応援してるよ。

